パワースポットとしてのギザのピラミッド×アルナーチャラ山

2016年6月4日

二〇一五年の年末から今年一月にかけての一か月ほどのスケッチ旅行を兼ねた瞑想の旅ではインドの聖地の中でも北インドのバラナシと共に他の聖地とは別格とも言えるような印象のあるアルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライを含むいくつかの南インドの聖地を訪れ、その後国内線でピラミッド瞑想ホールのあるプネーのOSHOメディテーションリゾートを約十年ぶり訪れた後チェンナイ国際空港からエジプト、カイロに移動しギザのピラミッド・エリアを訪れてきた。そして圧倒的とも言えるほどのエネルギーが大地と大気を満たしている南インドの聖地を巡ってきた後であってもギザのピラミッド・エリアはさらに圧倒的なエネルギーに包まれているといった印象であった。そしてもし単純に振動数の高さといった点からだけで語ってしまえば、ギザのピラミッドは南インドのアルナーチャラ山よりもさらに波動が高いという印象があり、私が以前に聞いたチャネリング情報にエジプト、カイロのギザのピラミッドがこの惑星上の大元のパワースポットであることや、ギザのピラミッドがこの惑星上の現時点での最も強力なエネルギースポットであり古代人はそれを知っていたために土地のエネルギーを活用する目的でピラミッド状の構造物を造ったといった話など、それらの情報は事実をそのまま語っているように私には思えてしまうのだ。また他に現在エジプト、ギザの大ピラミッドの建っているエリアは、地球の大陸が現在のような複数の大陸に分かれる以前のまだ一つの大陸しかなかった太古の時代のパンゲア大陸のちょうど中心に位置する場所であったといった話をアメリカ人チャネラーのケビン・ライアーソン氏から聞いたこともある。
しかしながら現在ギザのピラミッドでは特にアトランティスのエネルギーとつながることができるのに対し、アルナーチャラなどの南インドの聖地では特にレムリアのエネルギーとつながることができるといった相違点があり、そして現在の私自身はレムリアのエネルギーにより惹かれる傾向があるため、ギザのピラミッド・エリアよりも南インドのアルナーチャラ山のほうにより強い魅力を感じてしまう傾向にある。そして私が今までに訪れたことのあるパワースポットの中でレムリアのエネルギーという言葉ですぐに思い浮かんでくるものには日本国内であれば広島の宮島周辺や奈良の天河、海外ならアリゾナ州のセドナや南米ペルーのマチュピチュ遺跡などがある。そしてより大きな視野で捉えるなら、台湾島辺りまでを含む日本列島全体や、スリランカ島を含む南東部を中心にしたインドの国全体などもレムリアのエネルギー圏にあるとも言えるのではないかと思う。また他に一九八七年のハーモニック・コンバージェンスの時期に行われたダリル・アンカさんによるバシャールのチャネリングではその時期特に日本の富士山、ハワイ、カリフォルニアのシャスタ山の三点を結ぶエリアでレムリアのエネルギーが浮上してきているといったようなことが語られている。私自身が最近南インドに強く惹かれるのも特にこのエリアで顕著に起こっているように感じられるレムリアのエネルギーの再覚醒と関係があるようにも感じていて、それは同時に私自身の中にあるレムリアのエネルギーの再覚醒にもそのままつながっていると思う。私は以前、広島の宮島を訪れた際、宮島に向かう直前にその数年前のエジプトツアーで知り合った広島在住の知人に会ったのだが、その際その知人は私に向かって「エジプトのギザで初めて会ったときのあなたはアトランティスのエネルギーを発していたけれども、今のあなたはレムリアのエネルギーね・・・」と言われたことがあるけども、これは自分の発するエネルギーが訪れる聖地のエネルギーの影響を受けているといったことにも関連しているのだろうと思う。
私が以前に世界の聖地パワースポット巡りをしてきた中でもギザのピラミッドとアルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライはその地を訪れた際に感じられるエネルギーの強烈さと、私自身のエネルギー体としての霊体に起こる光の活性化の反応の大きさから、他の聖地やパワースポットとは別格といった印象があり、アルナーチャラ山に関しては古いインドの聖典プラーナの中で神シヴァが語ったとされる次のような記述も残されているそうだ。
『・・・月が光るのは太陽の光があるからである。同様に他の聖地の神聖さはアルナーチャラに由来するものである。ここは私を崇拝し、イルミネーション(魂の光輝)を得ようと望む者のために私が地上に顕現している唯一の場所である。アルナーチャラはOMそれ自身である・・・』(注:1)
そして私自身はアルナーチャラやギザのピラミッドのような特別に強力なエネルギー・ヴォルテックスを訪れると、たんにその土地のエネルギーが感じられるだけでなく、私自身の全身が聖地のエネルギーに反応して滞在一週間から十日程が過ぎる頃までには肉体の周囲にエネルギーが満ち溢れた状態になり、全身から膨大なエネルギーが放射されているのが磁気のようなものとして物理的にも強く感じ取れる状態に至ってしまうのだが、前回の旅ではアルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライとエジプト、ギザのピラミッド・エリアの両方を一度の旅で訪れてしまったこともあり、後から訪れたギザでの十日ほどの滞在の最後の頃には私自身の波動が今までに経験したことがない程まで上昇してしまい、そのままの状態で日常の娑婆の世界に戻っていってしまっては何か支障でも起きてしまうのではないかと心配されてしまうほどであった。以前に私がエジプトのギザでの滞在中に聞いたアメリカ人占星家のバーバラ・ハンド・クロウさんを通じて語られた第二次世界大戦の時期のこの地球で原子分離が起こったとき以来アンドロメダ銀河の中にある彼らの惑星からこの地球を訪れ、その後ずっと私たちの惑星の様子を見守っているという存在達の意識からもたらされたとされるチャネリング情報に「日本の昔の権力者たちが聖地やパワースポットのようなエネルギー・ヴォルテックスに神社などの神殿を建て、そういった場所にとどまることで大地のエネルギーを吸上げ自身のクンダリーニ・エネルギーを覚醒させて権力を維持するためのパワーも得ていたのだがそういった情報が一般民衆に知らされることはなかったのだ」といった話があるが、私の場合にもアルナーチャラ山やギザのピラミッドのようなパワースポットでの滞在中には、普段はそれほど強く感じられることのない尾てい骨の辺りから背骨を通じて頭頂を突き抜け上昇し続けていくエネルギーの柱が普段以上に強烈に感じられるようになってしまうのだ。
でもギザのピラミッドのような特別なエネルギー・ヴォルテックスを初めて訪れた時からそのような大きな反応が起こっていたというわけでもない。しかしながら今から二十年以上前にアルナーチャラやギザのピラミッドを初めて訪れた頃でもすでに日常的に両手や頭頂部などから磁気のような物理的に感じ取れるエネルギーが放射されるといった経験は起こっていたのだが、まだその当時にはパワースポットのエネルギーに触れることでそういった経験がより強烈になるといったこともなく、また聖地のエネルギー自体も通常は何とも言えない高揚感といった漠然とした感覚に近いものとして知覚されるくらいで、当時からもすでに起こっていたはっきりとした反応としては全身が燃えるように熱くなったり両手が静電気の影響のときのようにピリピリと痺れたりするといったようなものであった。パワースポットを訪れることで私自身の全身にエネルギーが満ち溢れ膨大なエネルギーが放射されるようになり、さらにはそのエネルギーの影響で私自身の意識まで覚醒状態といった言葉で表現できるような状態に至ってしまうという、自分が一時的に輝々しい聖者のような存在になってしまったかのようにも感じられるような強烈な反応はこの十年程の間に徐々に顕著になってきているのだ。因みに私自身がギザのピラミッドと南インドのアルナーチャラ山を初めて訪れたのは同じ一九九二年のことで、その後二〇一六年現在までの二十四年間にエジプトのギザが三四回、アルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライが一六回で両方合わせてちょうど五十回訪れていることになる。それでも一度の滞在期間は長い時でも二か月程になるので現地で何年も暮らしている人達のように多くの時間をこれらの聖地で過ごしているというわけではない。
地球上にある、エネルギー・ヴォルテックスとしてのパワースポットを訪れることに関連したチャネリング情報にはアメリカ人チャネラーのバーバラ・マーシニアックさんを通じてプレアディアンからもたらされたとされるものもあるのでここで少し紹介しておきたいと思う。
『・・・パワースポットと呼ばれる古代の遺跡を訪れると、より高い意識の一定のパターンをもった電磁波を体験できます。その場合、いつかまた取りに戻れるように、あなたが何千年も前にそこに置いていったものを手に入れます。このような場所を訪れることによって、あなたの身体はこれらのエネルギーを体験し、進化するための青写真にアクセスすることができます。・・・古代の人々はこのような場所にある豊かなエネルギーを感じることができました。彼らは複数のエネルギー軸が交差してエネルギーの磁場をつくり、多数の次元と世界が融合しているこのような周波数の高い場所に行っては、それを活用したのです。・・・あなたがこのような聖地を訪れるたびに、加速化と活性化を引き起こします。・・・』(プレアデス+地球をひらく鍵 - 太陽出版刊より 原著名 Earth: Pleiadian Keys to the Living Library)

(注:1)出典:"As the moon derives its light from the Sun, so other holy places shall derive their sanctity from Arunachala.This is the only place where I have taken this form for the benefit of those who wish to worship me and obtain illumination. Arunachala is OM itself.『Bhagavan Sri Ramana: A Pictorial Biography』

  • 関連動画は編集後に公開予定
公開日 2016年6月4日 土曜日

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